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恵吉
DTIブログ!

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ガキの革命

仕事中にお客様の前での失敗。まったく経験が無い人なんていないと思います。若い時に仕事の先輩から怒られた。その時は、反発して

(そもそも俺の仕事には向いてないんだよ!)

(なめんな!俺はもっと上に行ってやる!)

(俺、職人でプロだぜ!サービスなんかできないぜ!)

(いつかは、皆をあっといわせる男になってやる!)

そんな僕の表情を見て、「今の時点で一生懸命になれない人間が、将来を語る資格はないな・・・。」

「!!!!」

下済みや遠回りしたことが必ずしも意味がないのか??
けっして、そんなことはありません。かえって、遠回りすることで人には見えない景色を見ることができる。
そのことが人を成長させ、ちっぽけな自分だけの器の殻を破ることができることも多い。実際、世界の偉人たちの多くが遠回りの人生を歩み、激闘の人生を勝ち取った人が多いのも事実だ。

しかし、どうだろう。いつからか世間は効率よくマニュアルを基準に「失敗を最小限に!」を合言葉に人間が機械化してしまったような気がします。
決して「近道」や「効率良く」ということが悪いわけではない。しかし、遠回りしたことが無駄と思うか、価値と思うかの違いではないでしょうか。

従業員がいるとか、いないという形ではなく、経営という観点でものを見ていくとき、経営者と1人親方の違いは?

ずっと施工作業のことばかり考えてきた人は、その道では職人、達人かもしれない。しかし、お客様や業者に対しての対応や言葉づかいや商売であれば接客というものがまるでわからず、失敗ばかりしてしまうでしょう。

最終的には行き詰り、お客様の態度に猛然と突っかかってしまう。
また他のスタッフにグチを言い、ぶつかって喧嘩になる。
失敗を犯す時の頭にある言葉はいつも一緒で、「俺はこの道の一流になるためにある。お客の愛想をふるためじゃない!」
などど、言い訳を言い始める。
このようなことが、私たちの人生においても同じように経験されることは少なくないだろう。
仕事上で自分の期待していた通りのものが用意されなかった。しかし、期待通りのものというのは果たして用意されてきただろうか。

世間は職場などで、意に沿わない仕事をしている人はたくさんいる。また仕事に限らず「自分の期待通りにいかない」ということはいくらでもある。いや、ほとんどの人がそうかもしれない。大事なことは今の境遇をプラスにできるかどうかは本人次第です。

逆に、何か物事を始めるときに最初から思い通りの結果が出せるのであれば、努力も要らないし、思考も必要なく、主体的意思もなくても、みんな富を得ることができるし苦しむ要素が全くなく生きていけるだろう。
しかし、現実はそうではない。そんな甘いものではない。またそれではダメ人間になってしまう。形は裕福に見えても心が満たされず、寂しい人生の幕を閉じる人もいるのも事実だ。

ともあれ、自分の境遇に悲観せずに、それを真正面で受け止める。

その境遇における自分の働きを最大限発揮しようとすることと、

今、学んでいることが自分の夢に対してどのような意味を持つのか、

そして何のための仕事なのか、

それを見出せることができるか。

それ次第で私たちの人生の充実度は大きく左右されるし価値観も変わる。
それ以上に、仕事という人生劇場の中で生み出される仕事を把握していなければならない。

たしかに、その道の達人になることは素晴らしいことだ。しかし、それだけでは身体がきかなくなった時には手遅れだし、業界にぶら下がって生きのびようとしていたら惨めだ。

自分の思い通りの人生が自分に向かってくることを期待してはいけない。
その発想は「あ〜、宝くじ当たらないかな?」という棚から牡丹餅ヤローと変わりはしない。また「本物だけが生き残ればいい」などという、自分勝手な他力本願的でもいけない。

大げさなことをいうと、どのような状況や環境であれ「成功する」こと。
その成功とは自分だけではなく、業界・価値観など多くの巻き込み、社会貢献につながっていくのではないか。

ある人も言ってた。
「選んだものが自分の期待通りであるか否かを考える」ではなく、
「どうやって選んだ道、与えられた道を自分の期待通りのものに作り上げていけばいいのかを考える」べきだと。

それを考えずに、自分の与えられた環境に文句をいい、結果がでないことを環境のせいにする。それではいけない。その環境の中で自分をどう磨き、どう夢に近づこうと考える意思をもたないならばいけないと思う。
そうでなければ、
いくら歳をとっていても、どんなにもっともらしい理想論やいい言葉を言おうが、またどんな大きな夢を持っていようが、「バンビーノ」つまり、ガキってことには変わりない。

※1「バンビーノ」とはイタリア語で赤ん坊を表す
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自由という価値

今日は久しぶりに古き友人と先輩など多数のメンバーで食事をしました。
なぜか私のテーブルには職人気質のメンバーが・・・。
もちろん、バトルです。皆、なかなか良い歳の取り方をしています。(笑)
この不景気、どのようにして乗り越えていくか。そのうち話しがメチャクチャです。(爆)ウソ。

皆と話して感じたことは、いくつになっても、前向きに「攻め」の気持ちを持ち続ける大変さと大切さを感じました。
やはり、「受け身」は「不自由」です。自由があってこそ、仕事もできるし、勉強や研究もできる。それを不自由ととらえるところに大きな錯覚があるのではないでしょうか。
仕事を権利ととらえるか、義務なのか。自由か不自由なのか。
自身の心がコロコロ変わるのではなくて、しっかりする哲学を持たないとね。

「受け身」の心ではどんな自由な環境であれ、「不自由」になってしまいます。
「攻め」の心ならば、どんなに不自由であれ、「自由」な自分になれる。
談議の中で環境がすべてを決めるような考え方もあった。これはいかがなものか?
人は病気になったとかケガをしたとかで、モチベーションが下がっているように思えても実はそんなことなかったりする。「受け身」の人ならそうなるだろう。しかし「攻め」の人なら、どうとらえるか?その辺は、わからないだろうな?実はもっと深い意味があるわけだよね。
人のことを口ではいくらでも言えるけど、自分がどうなのか。それを忘れてはいけない。

ポイントは強くなること。所詮、弱い人はキャンキャンと騒ぐだけです。
強くなることが自由になれる。結論をいうと、人ではなく、自分が自身がコントロール(支配)できた人こそが自由人です。
しかし、現実はそう甘くない。人は機械ではない。考え方や、個性も違う、生まれ持った運命的要素も違う。ゆえにやっかいです。

話しの視点をかえて「個性」とは?
「人と違うことをすること」?「まわりの人の意見に流されない人」?
ん〜、はたしてそうかな? そのような浅いとらえ方ではなく、虚栄を捨てて、自分が精一杯、何かの価値に打ち込んで生きた結果、光っていくものです。それがギターでもいいし、ハウスクリーニングでもいいじゃない。
難しい話になりますが、もっと深い次元で見ると、「自己実現」といえばよいかな、「理論派・直感派」、「学者肌・スポーツマン」、「理系・文系」、「雄弁・無口」、「短気・のん気」、「几帳面・大らか」、「直情径行型・慎重型」、「早熟型・大器晩成型」など十人十色です。

しかし、絶対に忘れてはならないこととして、
「本物の個性は、必死の努力によってしか花を咲かない」
ということです。

だから、いくら歳を重ねても「今の自分が自分のすべて」と思ったら大間違いを犯してしまいます。私はジジィになっても行動的アーティストでありたいですね。
ある世界的識者も個性について、「個性があるから、人格はできる。個性があるから、その人で、なくてはならない生き方があり、人生があり、使命がある」
(The character can be done because there is individuality. It is the person, there is an indispensable way of life because there is individuality, there is a life, and there is a mission. )と言われている。
そういう意味においては「個性」とは、努力を重ねた人だけが、本当に「個性的」に輝くのでしょう。
また「個性」と「才能」と「感性」は別の問題です。個性は一生続くものであるし、人格や、その人の生き方も大きく影響されます。
人生の荒波と戦うなかで磨かれていく。そして、自分を自分らしく貫いて中で、個性は光り、強まっていくものだと思います。そのような意味において、今は道が見えなくても、努力を続ける人はじつは、立派な個性が光っていっていると思います。
それを「いくら、ノーガキをたれても儲けがないとね」とはね。それじゃあ、物質的成功者のみしか幸せではないのか?一言、浅いです。まぁ、いろんな意見があっていいわけだし、ないといけないけどね。(笑)

見た目や人気とか、流行などに踊らされている人は、しっかりしたブレナイ自分をもっていない。本当の「個性」をもってない場合が多い。
そのような虚像は「中身のない個性」です。実像が大事。見た目の「個性」ではなく、中身の「個性」で勝負すべきです。あと2年もすれば結果が出るでしょう。

しかし、なぜ日本人は人の「個性」を尊重できないのか。人を見かけのみで判断して完全に侮辱でしかない。
もっと、その人の個性を尊重して、自分の個性も伸ばすところに、自他ともに価値ある進歩があるのではないでしょうか。
もっと書きたいことは沢山あるけど、夜も遅いし長くなったので、もう寝ようzzz・・・。明日(今日)は床の見積もりです。
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新たな決意と感謝の気持ち

最近、思うこととして、仕事ができる、できないではなく、その人の人間性や考え方、そして、取り組みなど総合的に「何が大切」なのかをあらためて感じます。

あえて答えを1つというなら、やはり「まじめさ」をあげたい。
見た目や言葉だけの「真面目」ではありません。
「もう一歩、先にある真面目さ」
これがあるかないか。
これ、かなり言えると思います。

道がすいていれば、車やバイクも運転しやすい。
しかし、運転技術は向上しない。
人生も同じです。困難がなければ、壁を破ることができずに大きな成長はできない。

写真を撮る際にカメラが高級で画素数が多く、機能が優れていても、シャッターを切らなければ、何も写らない。
同じように、いくら人の話を聞いても、本気になって自分のものにしようとする心がなければ得るものはない。

同様に同じ仕事をし、取り組んでいても、チャンスをものにできて成長する人と、日々、その日暮らしで成長しない人もいる。その違いも同じ原理だと思う。

その根本が【まじめさ】といえるだろう。そして、そこに料理でいう、ひと手間が【乗り越えられない試練などない!】と心に決めること。これが「もう一歩、先にある真面目さ」ということ。

そして、与えられた仕事に感謝して、『誠実』に取り組む。究極は『自身の弱さ』に挑む勇気があるかどうかだ。

今日は久しぶりにリグさんと仕事をしました。私がハウスクリーナーに成り立ての頃に手取り、足取り技術を叩き込んでくれた恩人の同級生です。
この人、元音楽のミキサーだった経歴がある人。なかなかの感性とセンスがある力石徹似のカッコイイ人です。

今回、私の入院や仕事の忙しさや大変さを気にしてくれて、人の手配など、色々と手を打ってくれました。言葉は少ない人ですが、男気のある人です。感謝です。

他にもヤマモさんや銀ちゃん、カージーなど、私のことを心配しては電話やメールをくれます。ありがたいです。この感謝の気持ちを忘れてはいけない。
いままで以上に仲間を大切にしていきたい。
そしてプライドをかけて、道を拓いていきます。これからも頑張ります!
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エアコンクリーニング

すでに弊社ホームページでお伝えさせていただいておりますが、しばらくエアコンクリーニング業務を縮小させていただくことにしました。
理由は様々ありますが、一番の理由は人手が足りないことです。
嬉しいことに、エアコンクリーニングの注文も年々増えております。
しかし、その反面で通常のハウスクリーニングとしての業務ができないという現実もあります。
特に今年の夏は異常の猛暑です。現在も毎日のようにご注文をいただきます。せっかく、当店に問い合わせて頂いてもお断りすることが多く、このような(縮小)判断をいたしました。
また近年、エアコンも多様機種が増える一方、中でも「自動お掃除機能付きエアコン」が主流となりつつあります。この暑さとエコポイント導入が拍車をかけ、エアコンを買い換えるきっかけになったと思います。
私のところでは、一台にかける時間も2時間〜2時間半はつかいます。
さらに「お掃除機能付き」となると時間もかかります。今はいいですが、このままだと将来はまた価格勝負の時代にもなりなねません。
将来を見据え、少しエアコンのことを勉強したいのもあります。当分の間、エアコンクリーニング業務は空家(空室)クリーニングとのセット(オプション)のお仕事、また現在、ご予約されてるお客様、仮予約中のお客様、定期の
お客様のみとさせていただきます。
お知らせでした。


http://www.soujiyasan.com/eacon.index1.html
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退院

お久しぶりです。無事に退院しました。
当初は8/12からの10日間の入院予定だったのですが、結局、2週間、入院しました。その間、多くの方より激励のお言葉や品を頂戴しました。
そしてなにより、入院中は仲間の皆に助けてもらい大変に感謝しています。
また退院後もエアコンクリーニングやキッチンクリーニングをネット申し込みされた方々に、しばらくお受けできないことを伝えると、
「体調がもどったら是非、よろしくお願いします。お体をお大事に。(S様)
「ブログでご病気のことを拝見致しました。とても今年は暑い夏ですから、どうぞご自愛しながらお過ごしください。(K様)」など、お客様から心温まる言葉をいただきました。

今後についてですが、退院してからが大変です。週1回のインターフェロンの注射を打ちにいきます。
注射を打った日と翌日は高熱が出ます。さすがにこの2日間は仕事ができない。このフォローをどうするかが問題です。

既に入院前に手を打ってはいたのですが、仕事で下請け業者のクレームなどもあり自分が動けないことで問題が拡大化してしまい、退院後は、信用回復の為、その対応で頭をかかえています。

1回のミスも今までの信用で多少の回避はされても、ルールを無視した行動は、一瞬にして信用を失います。
特にお店をかかえていると、もう仕事がこなくなります。
事実、「本来ならば、今後、おたくにはもう、仕事は出せません!しかし、今までの貢献や信用もあります。ましては恵吉さんは入院をしていたことでもあるので、今回だけは目をつぶります。」とお叱りを受けました。
しかし現実は厳しく、仕事も半分になるようです。

どんな言い訳をしても通じないです。最終的にはこれも全て私の監督不行届きに負うところが大きく、そのため親会社やチームで作業している他会社の職方の皆様に多大なご迷惑をおかけしましたことは、誠に申し訳なく心からお詫び申しあげるしかありません。このたびの事件を深く反省し、二度とこのような不始末を繰り返すことがないよう、今後は万全の管理と指導に努めて参ります。

混沌とするなか、銀ちゃんやヨッシィーやカージーからも“皆で頑張ろう”“仲間で乗り越えよう”“力になります”など、暖かい言葉をかけていただきました。さらに仲間のありがたさを実感するとともに、『雨降って地固まる』ととらえて前向きにいきたいと思います。

自分のビジョンの達成の為に動いていても、うまく歯車が噛み合わないこともあります。今後は人材確保と人材育成に力をいれていかなければ、今後の方向性を見失うことになりかねない。引き締めていきたいと思います。

さて、入院中にカージーから本を借りました。その話(感想)は次のブログにでも。
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